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中論・6-10頌 全ては恒常的でも刹那的でもない

第十頌 全ては恒常的でも刹那的でもない

西嶋先生の訳
このようにして感受されたものに依存し興奮の中に存在している完成された事物は、結合によるものであるとか結合によるものではないとかという問題を超越している。

興奮と同じように、宇宙全体の中におけるさまざまの完成された事物も、結合したものであるとか結合したものでないとかという問題を超越している。




中論を勉強しています
このようにして感受されたものに依存しそして興奮という抽象概念の中に存在しているこの世の中の事物は、結合によって存在するものであるとか結合によらないでも存在するものであるとかという問題を超越している。

興奮と同じように、この世の中に存在する様々な事物も、結合によって存在するものであるとか結合によらないでも存在するものであるとかという問題を超越している。

坐禅をしました
このようにして感受されたものに依存しそして興奮という抽象概念の中に存在しているこの世の中の事物は、一つにまとまった事によるものではないかとか、あるいは一つにまとまらず個々ばらばらの事によるものではないかという問題に対して答えを出す必要がない。

興奮と同じように、この世の中に存在する様々な事物も、抽象概念と具体概念が一つにまとまったものであるとか、あるいは一つにまとまらず個々ばらばらのものではないかという問題に対して答えを出す必要がない。

*超越している=結合によるとか、結合によるものではないとかと言うつまらぬ人間の理性による論議は、現実的ではないので結論を出す事をしない。

※一般的に刹那的なものは無常ととらえられているが、それはあくまでも頭で考えた内容であって決して無常ではない。この世の中は単純な事実が進行するのであって、この世の中の一切すべてのものは恒常的なものはないし刹那的なものも存在しない。


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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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