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中論・6-9頌 抽象的な概念と物質的な実体と恒常的な存在

第九頌 抽象的な概念と物質的な実体と恒常的な存在

西嶋先生の訳
(抽象的な概念と物質的な実体という)二つのものそのものが完成された姿ではあり得ないとするならば、二つのものの結合による存在も完成された姿ではあり得ない。

君は一体何を根拠にして、個々ばらばらの具体的な事物の中に、結合による存在を現実的なものとして認めたがるのであろうか。




中論を勉強しています
もしも(抽象的な概念と物質的な実体という)二つのものそのものがこの世の中の確かな存在ではあり得ないとするならば、その二つのものそのものが一つに重なり一体となった状態もこの世の中の確かな存在があり得なくなる。

仏教を信じない君は一体何を根拠にして、個々ばらばらに存在すると捉えた具体的な考えの中に、抽象的な概念と物質的な実体が結合した存在をこの世の中における確かな現実ですと主張するのであろうかその理由がわからない。

坐禅をしました
現実を捉える方法として抽象的な概念と物質的な実体というものがあるが、もしも仏教を信じない君が主張するように「現実を捉える二つの考え方は正しいあり方ではない」とするならば、二つの捉え方が一つに重なった存在も正しいあり方ではなくなってしまう。

仏教を信じない一体何を根拠にして、個々ばらばらの具体的な事物の中に、「この世の中は全て一つに纏まり不変な存在である」と主張し、これが現実的なものであると認めたがるのであろうかその理由がわからない。

*完成された姿=普通の状態=この世の中




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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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