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中論・5-5頌 特徴の存在と特徴の認識

第五頌 特徴の存在と特徴の認識

西嶋先生の訳
したがって、特徴の認識が気付かれない場合には、特徴の存在が認識されるということも決してあり得ない。

特徴の認識と特徴そのものとが個々ばらばらの場合には、存在そのものの認識されるということ自体もあり得ない。




中論を勉強しています
したがって、事物の外見の特徴がはっきりしない場合には、外見の特徴が存在するという事に気が付くという事など決してあり得ない。

外見の特徴に気が付く事と外見の特徴そのものが同時に確認できない場合には、事物の存在そのものに気が付くという事も決してあり得ない。

坐禅をしました
したがって、感覚器官が特徴ある物事の認識ができない場合には、その特徴ある物事に気が付くという事は決してあり得ない。

特徴の認識(つまり頭の中で考えている特徴)と特徴そのもの(つまり感覚器官で感じている特徴)とが一つになっていない場合には、物事を分析的に見ていることであり、その事物を現実的な存在として気が付くということ自体もあり得ない。

※「特徴の認識が気付かれない」という事は、見える聞こえる匂う等の感覚器官に対する刺激がないことであり、刺激がないならばその事物に気が付く事はあり得ない。
※「特徴の認識と特徴そのものとが個々ばらばら」という事は、事物を頭の中で分析している状態であって、目の前にその事物が存在していたとしてもその事物を認識しているという事ではない。



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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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