FC2ブログ

中論・5-1頌 現実的な空間の不可視性

第一頌 現実的な空間の不可視性

西嶋先生の訳
空間とその特徴とが一体となる以前には、空間と呼ばれるものは全く認識の対象とならない。

特徴を持たないものが現われているということは、おそらく特徴というようなものから抜け出す以前の(現実の)状態であろう。




中論を勉強しています
空間と空間の具体的な特徴とが一つに重なった状態になるまでは、空間というものは全く意識されることにはならない。

空間の中に具体的な特徴を持たない状態が現れているということは、我々は空間を概念や特徴なのにとらわれているのではなく、今まさに現実の世界の中にあるのであろう。

坐禅をしました
空間というものがどのような具体的な特徴があるのかがわからなければ、空間と呼ばれるものはどの様なものかなどと全く考えることなどしない。

空間の具体的な特徴に対して気づいていないということは、おそらく空間には具体的な特徴があるのだということにまだ気が付かない状況が今の現実であろう。

※空間というものは「これが空間だ」というような具体的なものではないから、頭で考えてもなかなか理解できないし感覚器官でも感受しようとしてもなかなか実感できない。





コメント

コメントを残す

Secret


プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

最新記事