FC2ブログ

中論・4-7頌 一切の探求と外見的な世界

第七頌 一切の探求と外見的な世界

西嶋先生の訳
何かを探求しようとする意図は、さまざまの綜合的な明確な理解の中にある。

一切のものに対する探求は、正にさまざまの存在の中にあり、外見的なものを依り処として一切の進歩が行われる。




中論を勉強しています
何かを探求しようとする行動は、様々なものを一つに纏め綜合的に理解する事であり、明確に理解しようとすることである。

その一切のものに対する探求は、正に目の前の具体的な存在の中にあり、外見的な見た目を基準にして刻一刻と探求が続いている。

坐禅をしました
外界からの刺激を受け入れようとすることは、様々の刺激を総合的に受け入れ、頭では思考せずに明確にそのまま理解する事である。

一切のものを受け入れるということは、正にありのままにそのものを受け入れることであり、外見的な見た目を基準にして一瞬一瞬に受け入れ続けることである。

※この世の中は人間が何をしようと(善行や悪行、幸や不幸など)何事にも関係なく過ぎてゆく。しかしこの世の中を人間が何かをする事(善行や悪行、幸や不幸など)によって動かしているのもこの世の中である。



コメント

コメントを残す

Secret


プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

最新記事