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中論・4-4頌 本質と外見

第四頌 本質と外見

西嶋先生の訳
本質が、外見上はっきり見える形で、または外見に含まれた形で、この世の中に現われて来るということはない。

本質が、外見上はっきりとは見えない形で、また外見に含まれていない形で、この世の中に現われて来るということもない。




中論を勉強しています
姿かたちがはっきりと見えてたり、または姿かたちに含まれている様に見えても、本質がこの世の中に現われて来るということはない。

その反対に姿かたちがはっきり見えなかったり、見た目にも一緒でない様に見えても、本質はこの世の中に現われて来るということもない。

坐禅をしました
物事の姿かたちが現実に見えたとしても、本質がこの世の中に現われて来るということはない。 つまり諸々の事物の姿形を我々が感受するという単純な事実があるのであるが、頭で考え出した本質というものは現実には存在しない。

姿かたちが見えない、または外見とは関係ない形で、本質がこの世の中に現われて来るということはない。つまり諸々の事物の姿かたちを見なくても、自分は本質を見ているのだと思っているのだとしたら、それは現実の本質ではなく思い込んでいる内容を本質であると思いこんでいるだけである。

※本質も外見も現実においては二つに分離できない要素であるのに、我々は感覚器官で外界の世界を感受してしまうと、頭で理解しようとして本質も外見に分析してしまう。
※この世の中は直接的なものであるから、それを分析して解釈しようとするとこの世の中の実情を見失うことがある。



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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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