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中論・12-7 苦しみと本人の責任

第七頌 苦しみと本人の責任

西嶋先生の訳
自分のやった行為が目的を達成しなかったために生まれて来ている苦しみが、他人の行為の結果であるという事実が何処にあり得よう。

他人が苦しみの原因を自分がやったことのように云いたがる場合があるけれども、その行為自身もそれに属する事柄も、恐らく本人自身が作り出したものであろう。




中論を勉強しています
自分自身がやった行為で良い結果を得られなかった為に生まれた苦しみは、全てが他人の行為のせいであるという事実は決してあり得ない。

仮に、他人の実行による苦しみだからとしても、その他人の行為による苦しみにもそれに属する事柄の中にも、恐らく自分の行為が含まれて作り出したものであろう。

坐禅をしました
自分の思い通りにならない苦しみは他人のせいだと思いたいが、複雑な因果関係においてこれが原因だと言い切れるほど明確で具体的な事実を見つける事は困難である。自分の行為が苦しみの原因ではないと同時に、他人の行為も苦しみの原因にはなっていない。

仮に、自分の苦しみは全て他人の実行した行為のせいだとしても、その他人が実行した行為の中には恐らく我々自身が起こした行為の影響が必ず含まれており、それによって苦しみは作り出されているのであろう。



※他人に作ってもらった食事がまずいという苦しみがあったとしても、他人はまずい食事を作ろうと思って作っている訳ではない。まずいという苦しみを解消するには自分で作るしかない。また庭の草が伸び放題になっているのに誰も草むしりをやってくれない。ならば自分でやればよいのだが草をむしる習慣がないから自分ではやろうとはしない。そしてその苦しみ原因はを草むしりをしてくれない他人のせいだと思い込んでしまう。庭の草が伸び放題になっている苦しみを解消するには今直ぐに自分で草をむしる習慣をつけるしかない。

※自分の行為は常に外界世界の刺激や他人の行為の影響を受けている、そして他人においても同じ様に常に外界世界の刺激や他人の行為の影響を受けている。だから他人の行為においては自分が他人に対して行った行為が必ず含まれていると言い切れる。


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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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