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中論・12-2頌 さまざまの集合体の実在

第二頌 さまざまの集合体の実在

西嶋先生の訳
自分が自分自身のためにやった行為が存在する場合に、それが更に発展する可能性を持っていないということははっきりしている。

さまざまの事物やさまざまの集合体がさまざまの集合体やこの世の中を作り出している。何故かというと、さまざまの集合体が綜合的に存在しているという事実は極めて明白であるから。




中論を勉強しています
自分が実行した行為においてその行為は確かなものでありたいけれども、行為そのものは現在の瞬間の状態であるからその状態が引き続いて存在しない事は明白である。

集合体がこの世の中であり、この世の中は集合体である。集合体とこの世の中が近い関係であることは極めて確かな事である。

坐禅をしました
我々が行う行為と言うものはそれ以上に何かがある訳ではない。行為は行為そのものであって瞬間瞬間の状態であるから同じ状態がいつまでも続くものではない。

集合体はこれやあれやと様々にあるが、そのばらばらにある様々の集合体が一つにまとまって共存している状態は極めて確かな事である。



様々な集合体=五蘊と呼ばれる考え方・思想

※昨日庭で力仕事をしたせいで今朝は目が覚めると腰を中心に体じゅうが痛い。この苦みは自分が楽しみで庭仕事をしていたから心地よい苦痛であるが、もしも嫌で嫌で庭仕事をしていたならばここ数日は苦しみとして過ごさなければならないだろう。同じ事をしたとしても苦しみになる場合もあれば心地よい場合もある。

※苦しみは五蘊とはたまたま外見的に一緒に存在する様に見えるほど極めて近い関係であるが別個のものである。そして苦しみとは客観的な事実の事ではなく、その事実に対する考えが苦しみである。



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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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