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中論・11-6頌 老化や死滅の偶発性

第六頌 老化や死滅の偶発性

西嶋先生の訳
そのような状況の中では、事前とか事後とか同時とかという過程が、身近に示されている訳ではない。

この世の中がさまざまの老化や誕生を見せてくれている。現実の事態とか老化や死滅は一体何であろう。




中論を勉強しています
第五頌において「死にゆく事、生まれいずる事はそのどちらもが理論的に説明できないであろう」と主張しているが、そのような状況の中では死にゆく事生まれいずる事の事前とか事後とか同時とかという過程が具体的に示されている訳ではない。

この世の中が我々に様々の誕生や老化や死滅の状態を細かく見せてくれている、そしてこの世の中のさまざまの状態は一体何なのであろうかは中々分からない。

坐禅をしました
第五頌において「死にゆく事、生まれいずる事はそのどちらもが理論的に説明できないであろう」と観念論的に主張しているが、誕生や老化や死滅の事前とか事後とか現在とかの様々な状態は、現在の瞬間の連続であって「これがそうだ」と具体的に言えるものがある訳ではない。

この世の中が我々に様々な誕生や老化や死滅の状態を細かく具体的に見せてくれているが、この世の中の様々の状態は一体何故なんだろうと唯物論的に推理してみても中々分からない。



※われわれの一生には様々の過程がある。その一生は誕生から死滅までが連綿と繋がっているのではなくて、現在の瞬間における様々の状態が次々と移り変わっている。その過程の一つ一つは偶発的に次々に現われて来るものであって、前もって存在が予定されているものではない。((宿命論を明確に否定する。)

※この世の中は全てが偶発的なものの連続であるから様々の現在の瞬間の状態を見せてくれる。だから現在の瞬間の事実が偶発的なものであるから、それによって何かが生み出されるとか何かを発展させるという事は決してない。従ってこの世の中の全てが偶発性による現在の瞬間の状態であると言えるのであるから、結果である誕生や老化や死滅を理論的に説明しようとしても「一体何であろう」と言ってしまう。

※現在の瞬間の状態は確かに過去の因果によって成り立っているが、次の瞬間において全てが過去の状態になっており過去の記憶になってしまう。



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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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