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中論・10-13頌 火と燃焼との関係

第十三頌 火と燃焼との関係

西嶋先生の訳
別の状況が炎として到来する訳ではないし、炎が燃焼の中に見出されるということでもない。

そこにおいては燃焼に関するその他さまざまの問題についても、「行きつつある」「行った」「まだ行っていない」の理論によって、説明することができる。




中論を勉強しています
燃焼と炎が別々の状況で炎が現れる事はない、もしも燃焼と炎が別々であるとすれば現実の炎が現実の燃焼の中に見出されるという事もない。

燃焼に関してそして様々な事柄については、第2章において説かれたように「行きつつある」「行った」「まだ行っていない」の理論によって説明することができる。

坐禅をしました
第十二頌では炎と燃焼は一つに重なった事実であると主張しているが、もしも別の状況つまり炎と燃焼が別々であるとするならばその炎は頭で考えられたものであり具体的な炎ではないし、燃焼によって炎が確認という訳でもない。

頭で考えれば燃焼に関する様々な事については、第2章において説かれたように「行きつつある」「行った」「まだ行っていない」の理論によって説明することができる。



※炎と燃焼は頭で考える事実ではあるが現実そのものではない、そのことは第2章において説かれたように「行きつつある」「行った」「まだ行っていない」の理論によって説明することができる。

※言葉を使って理解したとしても、それはあくまでも記憶であり、予想であり、認識にすぎない。現実に燃えている灯火そのものとは全く別のものである。




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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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