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中論・9-7頌 瞬前と認識作用

第七頌 瞬前と感受作用

西嶋先生の訳
一切のものに関連して、見ることその他の感受作用の中において、瞬前が決して認識の対象とはならない場合には、

個々の具体的な一つ一つのものを離れて、瞬前がどうして見ることその他の感受作用を通じて、現実のものとして認識されるということがあり得よう。




中論を勉強しています
一切のものにおいて、または視覚やその他の感受作用において、もしも瞬前が決して認識の対象にならない場合には、

個々の具体的な一つ一つのものから離れてどのようにして瞬前を認識するのだろう、瞬前が視覚やその他の感受作用を通じて現実のものとして認識されることが どうしてあり得ようか。  

坐禅をしました
直観や行いにおいて、または視覚やその他の感受作用において、もしも瞬前が決して認識の対象にならない場合には、

一つ一つの具体的なものがどのような方法で瞬前を認識できるのであろう、瞬前は視覚やその他の感受作用を通じて現実のものとして認識される事はあり得ない。しかし瞬前が認識出来ないとしても感受作用で感じる事を瞬前と同じ事としてもよいであろう。



※瞬前は感受作用や直観や行いを用いて感じ取るものと同じ事としてよいであろう 。
※「将来の事はわからない、今さえよければ良い」という刹那的な考え方もあるが、坐禅をすればある程度は瞬前を感じ取ることが出来る様になる。




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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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