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中論・8-4頌 一所懸命な行為と行為の認識

第四頌 一所懸命な行為と行為の認識

西嶋先生の訳
真剣な態度がないと、行為の達成を認識することができないし、行為の原因を認識することも全く不可能である。

真剣な態度がないと、現実の行いと行いの実行とが同じものである事が認識できず、行為の原因も認識することが全く不可能である。




中論を勉強しています
明確な意思や目的を持っていないと、行為をしている事に気が付かないし、その行為の原因はなんであるかを気が付く事は全く不可能である。

明確な意思や目的を持っていないと、現実の行いは行いを実行する事だという事に気付く事が出来ない。そして何が原因でその行為をしているのかに気が付く事は全く不可能である。

坐禅をしました
習慣や思い込みやなんとなく行いをしている時には、何かをやっていると認識する事は出来ないし、何故こんな事をしているのだろうとその行為の原因を認識する事も出来ない。

習慣や思い込みやなんとなく行いをしている時には、現実の行いと行いの実行とが同じものである事に気が付く事もなく行いを無意識のうちに実行している、そして何故こんな事をしているのだろうとその行為の原因を認識する事も出来ない。



*真剣な態度がない=明確な意思や目的を持っていない。習慣や思い込み。なんとなく。

※無意識に行いをすると、行いをしている事に気付かないし、何が原因で行いをしているのかも考えないし、これからする事が行いであるという事も意識しない。何か事が起きないと原因や結果を考える事はないし、縁というものを感じる事がない。




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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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