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中論・7-28頌 具体的な事実や抽象的な想念と自己管理

第二十八頌 具体的な事実や抽象的な想念と自己管理 

西嶋先生の訳
具体的な事実に依存した場合でも、環境に依存した場合でも、現実の事態が、改めて自己管理された状態になるということはあり得ないのであるから、

具体的な事実以外の抽象的な想念に依存した場合でも、環境に依存した場合でも、具体的な事実以外の抽象的な想念が、改めて自己管理された状態になるということは、絶対にあり得ない。




中論を勉強しています
たとえ、眼の前に見えている状況に依ろうとも、また我々を取り巻く環境に依ろうとも、現実の事態が今さら新たな自己管理された状態になるということはあり得ない。

だから、頭で考えた抽象的な想念に依ろうとも、また我々を取り巻く環境に依ろうとも、頭で考えた事が今さら新たな自己管理された状態になるということは絶対にあり得ない。

坐禅をしました
眼の前に見えている状況そのもの、または我々の周りを取り巻く環境そのものによって現実は存在しているのであるが、その現実の事態は今ある自分自身を何処かにやってしまい、新しい自分を何処かからやって来させるという事はあり得ない。

だから眼の前に見えている状況とは別の世界、または我々の周りを取り巻く環境そのものによって現実が仮に存在していたとしても、その別の世界が今ある自分自身を何処かにやってしまい、新しい自分を何処かからやって来させるという事は絶対にあり得ない。



※ どんな状況であろうと、どんな環境であろうと、その現実の中の自分が自分でありそれ以外の自分は存在しない。だから今と違う状況になったとしても、たとえ今と違う環境になったとしても、自分は自分であり決して自分とは異なる自分になる事は絶対にあり得ない。

※ 我々は現実に眼の前に見えている状況の中で生きているのであるし、我々を取り巻く環境の中で生きているのである。この現実の中で生きている我々が何処かに行ってしまい、そして何処かから戻ってきて新しい自分になる事などはあり得ない。
そして現実が変わったとしても、その変わった現実を素直に受け入れる自分があらねばならない。



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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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