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中論・7-23頌 自己管理された状態と現実の存在

第二十三頌 自己管理された状態と現実の存在

西嶋先生の訳
安定した状態は自己管理された状況の中に存在しているのであって、存在(という抽象概念)の中に現われて来る訳ではない。

安定した状態が正に自己管理されていない状況の中にある場合には、そのような存在は決して現われて来る筈がない。




中論を勉強しています
自己管理された状況の中において安定した状態は存在しているのであって、頭で考える抽象的な存在というものの中に安定した状態は現われて来る訳ではない。

自己管理されていない状況の中においてもしも安定した状態が存在したとしても、その様な存在が具体的な存在として姿を現して来る筈がない。

坐禅をしました
永遠なものとは自分が考えて出して存在しているのであって、永遠なものが存在するという考えによって永遠なものが現実に現われて来る訳ではない。

永遠なものというものを自分で考えださなくても現実に存在している様に見えたとしても、それは錯覚でありやはり永遠なものというものは決して現われて来る筈がない。



※自己管理=自分で自分の思うように管理する。
※安定した状態=変わらないもの。永遠なもの

*我々の住むこの世の中に変化しないものなどどこにもない、変化しない存在というものや永遠なものなどを自分で好きな様に考えればこの世の中に存在している様に見えるが、現実においてはそれは錯覚であり思い込みである。変化しない存在というものや永遠なるものなどは何処にも将来にも決して存在することはない。

*例えば:
我々の住むこの世の中をカメラで撮影するとその瞬間の写真は安定していて不変であり永遠であるが次の瞬間にはこの世の中は少し変化をする、少し変化をした次の瞬間も写真撮影をするとその写真は安定していて不変であり永遠である。更に次々と続く瞬間の写真は少しづつ変化をしていくが、そこにおける写真そのものは安定していて不変であり永遠である。
だから瞬間そのものは安定していて不変であり永遠ではあるが、瞬間瞬間が続くこの世の中は絶える事なく変化し続けるので、決してこの世の中は安定していて不変であり永遠である事は出来ない。


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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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