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中論・7-21頌 自己管理と現実の世界

第二十一頌 自己管理と現実の世界

西嶋先生の訳
自己管理された状況の中で現われて来る現実の実状は、存在(という抽象概念)の中に現われて来るということがない。

その実状が正に自己管理されていない状況の場合には、現実の存在の現われて来る筈がない。




中論を勉強しています
自己管理された状態において隠れている何かが現われて来る現実の状態は、存在という抽象概念の中に現われる事はない。

自己管理された状態でない場合には隠れている何かが現われて来る訳ではないので、新しく現実の存在というものが現われて来る筈がない。

坐禅をしました
自分が自分で自分を思うように操れる状態において隠れている何かが現われて来るという現実の現象は、存在(という抽象概念)の中に隠れていた何かが現われて来る訳ではない。何かが現われて来る現象は現在の瞬間瞬間の少しづつの変化であって我々の眼には何か隠れていたものが現われて来て、その少しづつの変化が存在(という抽象概念)の中に現われたような錯覚を起こすからである。

自分が自分で自分を思うように操れる状態でない状況においては隠れているものなど何もなく既に全てが目の前に存在している場合には、新たな何かが生まれ新たな現実の存在が現われて来る筈がない。



※自己管理=自分が自分で自分を思うように操れる事

*心静かにありのままに周りを見回してみると今まで気付かなかったものが見えた来る、その様な状態は存在しているとか存在しているとかと頭で考える問題ではない。
また今目の前に存在しているものが、新しい存在として現われて来ることはない。目の前にあるものは目の前にあるものである。

*客観的な世界は現在の瞬間の世界しかない、何かが生まれたり消えたりする現象も現在の瞬間の少しづつの変化にしか過ぎない。だから存在(という抽象概念)の中に現われて来るということがない。




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プロフィール

悠村隆道

Author:悠村隆道
ご訪問ありがとうございます。
妻と2人暮らし。68歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より平成15年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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